外に見える闇は自分の中にある

投稿日:2019年7月22日 更新日:

こんにちは! mia です(*´꒳`*)

アヌンナキとかレプティリアンとか、地球を牛耳ってた支配者的な闇の存在とかについて、私が思うこと。

正義と悪っていう二極のゲームでは、間違いなく悪役な彼らです。

私もこういう存在に腹を立てたり、許せないと思ったり、憎しみを感じたり、戦ってやっつけたい!って思ってた時もあるし、

今もそういう思いを完全にリリースできてないとこもあると思う。

でも、いろいろな体験をして思ったのは、そういう存在たちって、サイキックなパワーとか、地球人より進化したテクノロジーを持ってても、精神的・霊的にはほんとに子供なんだよなって。

きっとそういう存在たちって、自分でも自分の暗黒面を受け入れられてないし、愛せてないんだと思う。

だからすごく孤独感を感じていて、愛が足りない、寂しい、と思っていて、だから必死に外側に自分を崇拝してくれる存在を求めているんだと思うんです。

支配したい、すごいと思われたい、神として崇め奉られたいってことは、裏を返せば、誰かに崇拝されたりすごいと思ってもらわないと、自分では自分のことそう思えない、ってことだから。

もし自分で自分のことを愛していて、自分のダメな面もダークな面も認めて受け入れてあげられてたら、誰かに崇拝されたいなんて微塵も思わない。

そして、そういう存在が私たちの世界に存在している、ってことは、私たち自身の心の中にも同じような闇の部分がある、ってことなんだと思う。

彼らは、私たちの中にいる、愛されたいのに愛されない!って拗ねている子供な部分の投影だと私は思うんです。

自分の闇の部分も嫌わないで、恐れないで、ただあることを認めてあげて

そして、今まではその自分の心の闇の部分を嫌悪して、とにかく無いものとして見ないようにして無視したり、恐れたり、否定していたけど、

目を醒ましてアセンションする、という今のタイミングになり、その見ないふりをしていた部分も、嫌わないで、恐れないで、ちゃんと見つめて認めてあげてってことなんだと思う。

私は以前、自分自身をまったく顧みなかったときに、そんなふうに自分の嫌なところ、見たくないところ、ダメな自分、を心の奥底に封印してたんですよね。

闇の自分は切り離して消滅させたい、抹殺したいとまで思ってましたが、自分と向かい合ったときに、当たり前だけどその闇の自分はめちゃくちゃに怒ってたし、その怒りにほんとは気付いてて、その激しさに恐れを抱いていたからこそ、自分の内面を観たくなかったんですよね。

そしてその怒りの下には、ものすごく深い、強烈な悲しみがありました。そりゃあそうですよね。一番の味方のはずの自分に存在を否定されたら、絶望です。それはもうむちゃくちゃに傷ついていたし、そこに気付くと本当に自分の胸が痛かったです。

アヌンナキとか闇の支配者のような自分の外に見えるダークな存在に対して、怒りを抱いたり、否定したり、憎しみをぶつけたり、恐れたりするのは、自分の中にある闇の部分の拒絶であり、否定であり、

否定すればするほど、自分のなかの認めてもらえない闇の自分は、泣き叫んで怒り狂って、どうにか気付いてほしくて必死に存在を主張するので、

ますますそういった存在に対する恐れや怒り、みたいなネガティブな感情が掻き立てられるような現実が映し出されたりします。

なので、アヌンナキとか闇の支配者たちの話を見聞きした時に、何か感情が掻き立てられるなら、彼らをどうにかしようとするんじゃなくて、

まずは自分自身の心を自分で癒すことだな、と思います。

ヒーリングでも、ブロック解除でも、統合ワークでもなんでも好きなものを使って、とにかく現実を見て出てきた重たい周波数をどんどん手放す。

闇の存在と言われている彼らも、創造主の視点から観れば光の一部。私たちとまったく同じ。

今は他者を支配したり、自分たちの都合のいいようにコントロールする体験に夢中でも、いつかは自分が操っていると思っていた相手が支配されるという立場を演じてくれなければ、その体験は出来なかったこと、支配していると思った相手も自分自身だったんだということに気付くと思う。

そしてみんないつかは一つの光の源に還っていくんだと思うんです。

私もアセンションして5次元の現実を生きるようになっても、まだまだその先もあるみたいなので、その時々の次元を楽しみながらゆっくり行きたいな~。







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